2019年2月14日・15日に、目黒雅叙園でデブサミ2019が行われました。仕事の合間を縫って少しだけ参加してきましたので、簡単にレポートを書きたいと思います。デベロッパーサミットは文字通り開発者向けのイベントで、プログラミングや専門用語などが沢山出てきます。システム関連業界の方以外にはわかりにくい内容ですが、全く知らないという方にもわかり易くレポートしてみます。
◆デブサミ2019とは
デベロッパーサミット2019のテーマは「Share Your Fun!」。開発に没頭し、作ったプロダクトが動く時のワクワク感こそがエンジニアの原動力。そして、その原点にあるのは技術を楽しむこと。あなたが楽しく感じるのはどんな時でしょう?
凄まじい速さで変化する現代の技術革新時代、皆さんの「楽しいこと」を共有して前向きに楽しく過ごしましょう!ということでした。私自身、SIerとしてテクノロジーに関わってきましたが、まさにこの感覚です。研修で覚えたソースコードを家に持って帰って自分のパソコンで動かせたときに感じた「プログラミングって楽しい!」という思い。一方仕事の環境は10年前と全く変わり、そんなことを感じる余裕もなく、色々な責任を背負う日々。そんなときに当時の気持ちがよみがえり、大切なものが何かを再確認させられた感じがしました。
技術革新の1つには皆さんご存知の「クラウド」があります。デブサミ2019ではAmazonやGoogle、Microsoft、IBM、Salesforceなどの、今を代表するクラウドプラットフォーマーをはじめ、アパレルやゲーム、人材系アプリまで、数多くのソリューションパートナーの皆さんが登壇されました。彼らからの新しい技術の概念検証(PoC)状況や実機を使ったハンズオン、事業者側の取組みの紹介など、技術を知らない人でも楽しめるコンテンツで、のべ3,500人超の参加者を100個近いセミナーで文字通り楽しく迎えていました。イベントの開催概要はオフィシャルサイトのこちらをご覧ください。
◆イベントで何を知ることが出来るのか
皆さんに次回の参加を検討頂けるように私自身がイベントで学んできたことを中心にレポートしたいと思います。普通セミナーやイベントは参加者それぞれの目的によって学ぶことは違います。総じて、今回のデブサミはクラウドの最新動向だけでなく、ニッチから話題の技術まで幅広く、全く時間が足りなかったかったというくらい豊富なセミナー構成でした。もしも全体を網羅出来れば、各業界を支える技術の最前線は確実にキャッチアップ出来るでしょう。当然セッションごとに学びは異なりますので、ここでは私が参加したものの中から代表的なものをピックアップしてサマリーしておきます。各セッションの詳細は下部の方をご覧ください。
「イノベーションを支えるAmazon文化」からの学び
・常に顧客との対話を欠かさず謙虚に接することが重要である
・イノベーションを生み出す文化は全社員が主役であるという意識にある
・その価値観を共有する原則が理念として明確になっている
・仕事の仕組みを自動化することで大量のアイデアを迅速に実行できる
「Huck Your Career!―アカデミックからビジネスへ向かったワケ」からの学び
・アカデミーから一般事業者への転職は十分可能である
・特に理系職種は技術革新の影響を受ける企業にはニーズが沢山ある
「エンジニアの知的生産術 ビフォー・アフター」からの学び
・エンジニアの思考法は多くの知的労働者に応用できる
・業界の中で共通の「言語」を育てることが生産性につながる
・「言語」とするにはインプットから実践して経験し結果を抽象化すること
「外食の『明るい未来』にむけたトレタの新たな取り組み」からの学び
・プラットフォームは産業のバリューチェーンを変えるパワーがある
・既存のサービスがあるからと言っても死角がないわけではない
・データを持つことがプラットフォーム時代の最大の強み
「中国・深センのテクノロジー最新事情」からの学び
・若い力と国民的商売気質が経済主体の都市を生み出す
・ちょっと住んでみたいかも
「今からでも遅くない!?Azureで学ぶ実用BlockChain」からの学び
・Bitcoinで下火になった感があったがまだまだ用途は盛りだくさん
・誰でもクラウド上からブロックチェーンアプリが開発可能
・しかもコーディングレスで出来る
それではそれぞれのセッションを振返ってみたいと思います。
イノベーションを支えるAmazon文化
アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社
シニアソリューションアーキテクト
西谷 圭介 氏
よく知られるAmazonのサービスとしては、Amazon GoやAWSなど、常に世の話題をさらうものがあります。これらのような全く新しい着想に基づくサービスをイノベーションと呼びますが、そのイノベーションを生み出すAmazonの企業文化とは何なのか、さらにそれを支える原点は何なのか、についてのお話でした。企業文化というのは社員が行動として実践することで組織に沁みついていくものです。その原動力は何なのか?ここは私も非常に関心の高かった部分でした。
ー共有するカルチャー(文化)は顧客志向
アマゾンには「地球上でもっともお客様を大切にする企業」というミッションがあるそうです。創業者のジェフ・ベゾスが世界市場を当初から意識していたことを伺わせます。ミッションというのは会社が世の中にコミット(約束)することとされますが、この約束を果たすために従業員と次のような考え方を共有しているということです。
・カスタマーオブセッション(Customer Obsession)
カスタマーオブセッションとは、顧客を起点に考えるという意味だそうです。そしてこれはAmazonの社員が守るべきリーダーシッププリンシプル(Our Leadership Principles:以下OLP)の第一番目に書いてあるのだそうです。ドラッカーも企業の目的は顧客の創造であると定義しましたが、基本的なことが大企業に入ると自分の役割やバックオフィスの業務に忙殺され、何が本質なのかを見失ってしまうことは多々あります。前述のOLPには社員が守るべき基本原則が14個もあるそうで、一番大切なことが最初に示されているというのは、企業が何を大切にしているのかを示していると思いました。そしてこの基本原則が、顧客のフィードバックを真摯に受け止め、プロダクトの改良に繋げていく、というイノベーションサイクルの1つを作っているのです。以下は創業時にベソス氏が描いたAmazonの成長サイクルだそうですが、そこでも顧客体験(Customer Experience)が成長ドライバーとして重視されていることが分かります。なおこの絵はネットワークの経済性やプラットフォームビジネスなどで登場する、顧客と提供者双方の利益構造を示したもので、顧客の体験、出店企業の価値双方の成長と共に繁栄していくというプラットフォームビジネスを早くから構想していたことも伺えます。
・クリエイティブは誤解を恐れない
Kindleなども登場した当初は、重いとか本より厚いといった色々な批判があったそうです。本のように重量感を持ってそのようにしていたようですが、顧客のニーズとすり合わせ、改良していった結果現在は薄くて軽いものとなっています。AWSというプラットフォームサービスも当初ウォール街の人たちからは危険なものとされていたそうですが、倉庫のロボティクスを制御しているプログラムはAWSで稼動しており、今や十分に貢献したサービスとなっています。サーバには稼動ピーク性があるためにその空きスペースを貸していったのがAWSのビジネスモデルのベースになったということです。このようにまだ存在しない中でクリエイティブであることは一般ルールからすると人々の誤解や拒否反応に遭遇しますが、ここでも顧客志向を第一としてフィードバックを繰り返すことで、ニーズにフィットしたプロダクトにしているんだな、ということが理解できました。プロダクトマーケットフィットという新規事業の成功要因を、身をもって実行していたのです。
ーAmazonの企業文化を生み出す仕組み
次は具体的にAmazonではどのようなスタンスややり方で仕事を進めているのか、事例をもとに振返りたいと思います。
・Press Release/FAQ
プレスリリースといえば、新しいプロダクトをリリースします、というときに発表する報道向けの文書です。Amazonでは、それを製品を作る前に作ってしまうということでした。FAQについても同様に先に作っているそうです。最初に作るべき製品のスペックを開発者が共有しておくと、後から聞いてないだの仕様変更だのと言った問題もなく、確かに目標が共有しやすそうです。またゴールが明確になるため、それぞれの社員がどんな役割を果たし、どのような時間軸でプロジェクトを過ごすべきか、ということも一人ひとりが考えるようになるでしょう。社外に対しても責任を示す意思表明になり、顧客の立場としても好感が持てます。この話を聞いたときに、とてもコントロールがうまいなと感じたのですが、その反面、自分たちは普段いかに責任範囲を狭めながら仕事しているのだろうと思ってしまいました。因みにAWSもこの手法(PR/FAQ)を経て登場したそうです。FAQについては5Test Questionを考え、顧客の課題、機会、顧客の利益、ニーズとウォンツ、UI・顧客体験に答えていくように完成させているそうです。こちらも顧客だけでなくステークホルダー向けにも作るそうです。何度もレビューを繰り返して追記してシェアをすることで、ゆるぎない強い目標を確りと共有しているということでした。
・6Pager(シックスページャー)
Amazonではいわゆるプレゼンは行わないそうです。プレゼンは話し手のシナリオの組み立て方によって、全く同じスペックのアイデアでも良くも悪くも見えてしまい、製品そのものが持つ価値が恣意的に誘導されるという、プレゼンの特性を突いた考え方でした。代わりに何をするかというと、6Pagerまたは2Pagerと呼ばれる所定のレポートに予め定められた事項が記され、それを会議参加者が読んでからディスカッションに入るということでした。バイアスに左右されずに本質を考えたいという部分にAmazon文化を感じました。
・マイクロサービスアーキテクチャー
ようやくITっぽい話になります。アーキテクチャーというのは建築様式に訳されますが、システムの場合はソフトウェアの構造など設計思想のことを指します。木造なら木造の、鉄筋なら鉄筋に相応しい設計構造があるように、システムも時代によってその設計思想を変えてきています。昔は一つのサービスに必要な機能を装備するため、サーバごとにサービスの全機能を実装するモノリシックというアーキテクチャーが一般的でした。しかしながら、例えばショッピングと他のサービスとでそれぞれが認証機能を持つことになるなど重複感が生じたり、立ち上げのスピード化が求められるなど、競争環境が大きく変わってきています。そのような背景からマイクロサービスアーキテクチャが登場しました。それぞれ目的の異なるソフトウェアを単独の部品としてAPI接続することで、新規サービスを立ち上げる際は最低限の機能開発だけで済ませてしまう、という方式です。下図のモジャモジャしたものが1つ1つのマイクロサービスで、APIが無数の毛のように繋がっているイメージです。必要なパーツを繋げるだけですので、確かに立ち上げるスピードも早くなりそうですね。因みに組織構造もマイクロサービスのように色々な機能組織が存在しているそうです。
ー組織構造と開発オペレーション
このような取り組みを回転させている組織や従業員は、どのような考え方・価値観に基づいて仕事をしているのでしょうか。いよいよAmazon文化の核心に迫ります。
・リーダーシッププリンシプル
既にカスタマーオブセッションで触れたとおり、全社員が14個の原則を共有し、一人ひとりが実践している原則があります。リーダーシップなのに全員?という感じもしますが、そうです。Amazonでは社員一人ひとりがリーダーとされているそうです。というよりもそのような意識や振る舞いが求められていると言った方が正しいのでしょう。これらの原則は行動規範として、人事考課など評価の基準でもあり、非常に浸透しているということでした。因みにその内容はサイトで公開もされています。
・DevOps(開発と運用)で半自動化
DevOpsというのは、開発と運用を一体的に管理統合する仕組みのことです。24時間毎日動くシステムは当たり前のようにありますので、いつでも本番システムが切り替えられること、そのためにテストも全自動で行うことなどがとても重要になってきます。Amazonではこれら全てを自動化しているそうです。そのためテストしやすいように個々のシステムのアーキテクチャーを設計し、開発したら直ぐテストが自動で行われるように、構成管理システムとテストシステムが一体となるCIという仕組みも構築されているということでした。
・組織は少数精鋭チーム
Amazonの組織は2Pizzaチームというそうです。文字通り二枚のピザでチームメンバーの食事がまかなえる大きさでチームが組まれ、数名単位になっているそうです。このチームですべてに責任を持ち、いつリリースするのかなども自分達で決めているそうです。少数精鋭のチームは機動力が高いため、物事の決定スピードが早そうです。このような小さな組織がそれぞれ機能し、以下に示す製品開発プロセスを迅速に回せているそうです。
・開発プロセスはアジャイル
製品の開発を早くするためにスクラム、カンバンを使用しているということでした。スクラムというのはウォーターフォールに対比させた開発プロセスのことで、同じ製品を繰り返して開発していくことで、徐々に改良しながら完成品を作成させる方法です。新規のプロダクトは答えがないようなものですので、プロトタイプをマーケットに出してフィードバックを反映するというサイクルを迅速に回していく必要がありますが、そのためにスクラムで行っているということでした。カンバンはトヨタ生産方式でお馴染みのもので、ジャストイン・タイムの考えに基づき後工程から必要なものを要求していくというスタイルでムリムダムラを排除しているとのことでした。
・Every Day is Still Day1(毎日が初日)
このセッションの最後となりますが、毎日が初日だという思いを持つことも価値観として共有しているのだそうです。初心を忘れずにいることが、学びに対しても、顧客に対しても、社内に対しても謙虚になれるということだと思います。そうしてどんな意見もバイアスなく素直にインプットすることが出来るのでしょう。結局のところエンジニア一人一人がこのように振舞える文化とは、リーダーシッププリンシプルと、エンジニアの仕事が合理的に進められる環境に誇りを持てていること、が原動力となっていました。さらにその根底には、世界中で最も顧客を大切にする企業であり続けるというミッションが価値観として共有され、血肉として一体となっていたのです。
―まとめ:SIerでは難しいのはビジネスモデルの違い
サービス事業者は一般的にプロダクトを世に提供してそこでお金を稼ぐことになるため、開発中はとにかく良いものを徹底的に作っていくという目標を共有しやすいのだと思いました。その半面私たちSIerは、受注ベースのためシステム開発の仕事を請負った時点で売上が決まってしまいます。そのため開発中はいかにコストを減らすかということに神経をとがらせ、顧客志向というよりコストき志向になってしまうものです。でも働くエンジニアとしてはどんな業界だとしても、自分の作ったものがどこで誰の課題解決に役立っているのか、そのためには拘りたいものだなと思いました。
Huck Your Career!
ーアカデミックからビジネスへ向かったワケー
アマゾンウェブサービスジャパン
機械学習ソリューションアーキテクト、博士
宇都宮 聖子 氏
続いてのセミナーは同じくアマゾンから、博士過程・研究所を経て転職された宇都宮さんのお話です。大学からずっと研究関係をされていたということで、転職されたのは35歳の時。その際に感じたのは不安だったそうですが、今となっては杞憂のことになっているとのこと。そのような宇都宮さんからは在学までの進路や、なぜ転職しようとしたのか、そして今に至るまでのお話しが中心でした。このセッションはITというより全般的ににキャリアのお話しです。技術的には量子コンピュータのお話がありましたが、私もわからない内容ばかりで、なかなか苦労してしまいました。笑。宇都宮さんが経験された色々な出来事を中心に話は進んでいくのですが、ここではあくまでアカデミックからのキャリアチェンジという観点でご紹介してみたいと思います。
-大学院で研究の道へ
現在転職して二社目という宇都宮さんのアマゾンでのキャリアは7ヶ月ということです。それまでは国立情報研究所(NII)というところで量子コンピュータの研究をされていました。愛媛県のご出身で、東京にあこがれて上京。中学時代からBASICプログラミングに勤しんでいたということです。そして理系を選び東工大へ進学され、画像処理を研究されていたそうです。ご本人の感覚としても、エンジニアで四国出身の方というのは少ないのだそうです。その後大学院は東工大が本命だったそうですが惜しくも落ちてしまい、東大大学院を受験され逆転合格。そこが量子コンピュータとの出会いだったそうです。量子コンピュータのなかでも光を使った研究で、量子物理の分野がメインだったそうです。山本 喜久 教授のもとで学び、5年後に博士取得。それから東大やスタンフォード大で助教授として教壇にも立たれていたそうです。それまでの軌跡は本当にリケジョのエリート街道まっしぐらという感じですが、いくつか転機となる出来事があり、進路を決める際とそれらが重なったことも転職を後押ししたようです。
ー研究の楽しさと実社会との距離感を徐々に感じるように
量子コンピュータの道に進んでから、スタンフォードなどでの実験を楽しく過ごされたそうですが、その過程で良書にも出会い、研究分野で起こる様々な事象に一つ一つ感動を覚えられたとのこと。しかしながら長い時間を掛けて研究した結果も、人から役に立つのか?と言われたことが心に残り、ご自身の中でも悶々とされていたそうです。一度は半導体への就職口も探そうとされますが、時は半導体冬の時代。そうは言っても世の中に出てみて、顧客と関わることで自分達の研究がどう役に立っているのかをその目で確かめたかったということです。Amazonのプリンシプルの1つであるBasic for Action。人生に躓いたら一歩下がってみるということ。今考えればそれを当時実践されていたということでした。この過程で考えられていたという思いや出来事を下記に整理しておきます。時系列ではないですが、それぞれの岐路において、どのようなことがきっかけで進路を決められたのか、その点を中心に以下に記載しておきます。
・大学院では動画検索にも携わり、ITSの世界を垣間見た
・大学院を終える頃にはITベンチャーブームか博士かの選択があった
・大学院まで入って何故か交通量調査員をさせられ疑問を感じた
・山本喜久先生の言葉により、量子コンピュータの楽しさを選んだ
・Computum Computation and Quantum informationという良書と出会った
・量子コンピュータ分野からはノーベル賞を輩出しており誇れる研究だった
・量子情報は何のためにあるのか?役に立つのか?という疑問が生じた
・博士を終えてから半導体は冬の時代であった
・人生に躓いたら一歩下がってみる。物事を大きく捉えることが重要
ーまとめ:アカデミックからの転職はむしろニーズが高まるはず
宇都宮さん個人のお話はASCIIにも掲載されていますので、もっと知りたいという方は是非御覧ください。ここで感じたのは、確かにアカデミーの世界と実ビジネスの世界は距離があったということです。直近でも某大学の研究生が将来を悲観して命を絶ってしまうという悲しい出来事がありました。研究だけでは正直食べていけないという方も多いのではないかと思います。一方で米国や中国・インドなどのIT業界には、理系大学、大学院、さらにMBAホルダーという人たちがゴロゴロいます。日本はそのような国々と競争しなければならないのに、大企業の持ち合い、その輪の中で経済を回してきているだけで、技術的な成長ではこれらの国々に負けてしまっています。人口減少に伴う働き方の改革からも、女性をはじめダイバーシティが求められます。競争に勝つにはむしろビジネスとアカデミーはもっと行き来するべきであり、その先駆けとなった宇都宮さんには本当にリスペクトしたいなと思いました。このようなことが当たり前となるよう、私自身もまだまだ勉学に精進したいと感じたセミナーでした。
エンジニアの知的生産術 ビフォー・アフター
サイボウズ・ラボ 主幹研究員
東京工業大学 特定准教授
西尾 泰和 氏
こちらのセッションではサイボウズ・ラボから西尾さんの著書「エンジニアの知的生産術」誕生秘話についてお話頂きました。恥ずかしながらこの本の存在をセミナーで知ったため、併設される書籍コーナーで直ぐに購入しておきました。本の紹介は読んで頂ければわかるということで、セミナーの中ではこの本の誕生秘話、特に書きながらも知的生産過程を実感されたそうで、何を思ってこの本を書かれたのか、ということをお話されました。因みにこちらの本は
・エンジニア向けということではなくエンジニアの思考法を紹介したもの
・2018年8月に発売され、10日前の予約段階からAmazonでベストセラー
・技術者ではない人からも学びになったと反応
ということでしたので、皆さんもお気軽に手に取ってみてください。
ー前置き:言語の登場により認知を共有出来た
さて、言語とか認知とか哲学的なお話から始まります。言語というと日本語、英語、中国語など各国の公用語を思い浮かべますが、コンピュータ相手に扱うプログラミング言語にも、様々な言語が存在します。なぜこれほどまでに言語が多いのか?それは人類が文明を発展させてきた証であると西尾さんは語ります。プログラムの世界の言語は、コンピュータに命令するために最終的に機械語になります。でも機械語そのままだと、大半の人はプログラミングが出来ません。コンピュータ向けの機会語と、人間の扱いやすい言葉がコンパイルという翻訳機を通して形を変えているわけです。プログラミング言語とはこの、「人が扱う言語」を指しますが、結局はどこかの誰かが考えたものです。そしてそれらの中には色々な記述方式や文法が存在しますが、考案者は何を考え個々の言語を作ったのでしょう。考えた人はきっと誰もがイメージしやすく、かつ、ある言葉を唱えればコンピュータに命令できるもの、というイメージを洗練させてきたのだと言います。プログラミング言語も昔と比べ使う場面や用途が細分化されたりした結果、書き方も変わってきています。COBOLなどの手続き型とJavaなどのオブジェクト指向の違いのようなものです。
少し例え話しとなりますが、手続き型言語というのは、基本的な工具のみ渡され、鉄を様々な形に切り出し全てその場で車を作っていく製造方法だとします。それに対してオブジェクト指向とは、部品をまとまりのあるコンポーネントという単位に分けて作っておき、あとで色んな車種に応じて組み立てていく製造方法です。後者の方が色々なものに応用が出来そうだと言えますね。この組み立てていく過程は製造工場に求められる環境変化-品揃えやスピードなど-を受けて誰かがこっちの作り方の方が良いのではないか、ということで登場したはずです。工具の何番と材料の何番、と言っていた世界から、ブレーキの型番さえ伝えれば、それが何をするものなのかが共有されている世界へ進化したということです。別の例えをすれば、基本的な料理とレシピはある意味セットです。酒を何㏄入れて醤油を何㏄入れ、ということをその都度一つ一つ伝えていかなくても、「割した」と言えばそれがどんなものか、どうやって作るのかということが分かっている人には伝わる訳です。これは作り方と材料の話でしたが、言語というのはそもそも人間の認知を他の人と共有する方法として登場したと考えると、言語のうえでなされる知的コミュニケーションの大成が現代の言葉であり、レシピであり、設計方法、といったことになります。西尾さんの話では、プログラミング設計手法の1つであるデザインパターンの考え方も、この言語進化過程の成果として生み出されたものだとされました。
―エンジニアは初めてすることを比較によって理解する
さて前置きで例え話が長くなってしまいましたが、西尾さんからは次に複数の言語を学んでいくエンジニアの思考プロセスを示されました。言語とは前述の通りとして、では人はどうやってその言語を覚えるのか?ここにエンジニアの知的生産術の1つが登場します。はじめてプログラミング言語を学ぶ際に、エンジニアは知っているものと「比較」をしながら覚えていくようにします。画面に文字列を出力する関数はプログラミング言語ごとに変ってきますが、出力している文字列は同じ、そうすると違う部分はこの部分で、こっちはこの書き方だったけどこちらは同じ命令をこうやって書くのだ、となって理解していきます。つまり、共通部分とそうでない部分を分類し、そうでない部分は他の記載例と比較し頭の中でパターンを作っていくことで理解していくメカニズムになっている、ということでした。エンジニアはこのようなことを意識しながら新しい言語を読んでいきますが、色々な職種の方でも、初めて接する場面ではまず自分の知っているものと比較したり、知らなければその中からパターン化することで一つのルールや法則を導き出し、次にそれと同じ結果を導こうとする場合は、やはり再現させる確率は高くなっているでしょう。経験から情報をインプットし、それを繰り返すことでパターン化され、それを頭で記憶することで初めてのことでも出来ていくのだ、というのが西尾さんの理論でした。
ーエンジニアの理解は仮説⇒実行⇒検証⇒記憶のサイクル
さて続いての知的生産術です。本で読んだみたサンプルコーディングがあったとします。これを読んだエンジニアは、それを理解したと言えるでしょうか?理解したとも言えますが、それは仮設の状態であって、仮の理解に基づいてプログラムの書き方を知った状態ということでした。実際にそれが使えるものになっているのかどうかは、実行して結果を見て初めて分かることです。プログラミングは、自分のPCで直ぐに実行させることが出来ます。つまりその場で結果が得られ、書き方がまずければエラーの場所をPCが指摘してくれます。エンジニアはその結果を見てまた修正して、成功するまでトライ&エラーを繰り返すことが出来ます。これが日曜大工の場合だと、見よう見まねで作ってみて、一本足の長さが違ってしまったという場合はまた材料を買ってくるところからやり直しです。本当はやってみなければ理解したとは言えないはずなのです。エンジニアはこれを知識⇒行動⇒検証⇒記憶というプロセスを早く回すことで本当の理解を得ている、ということでした。応用できる何かがあるでしょうか?
―まとめ:本も奥が深いです
このセミナーもITがメインかというと、エンジニアの思考のプロセスに絞った話でしたので、ほとんど専門技術的な話はありませんでした。どちらかというとロジカルな内容が中心でした。ただしエンジニアの思考法のように紹介はされましたが、実はそれが出来ていないエンジニアも沢山いるのではないかと思います。それだけ、インプットの量は膨大に膨れ上がり、検証する時間も環境もない、というのが近年の技術の実情かもしれません。しかしながら一つ一つは誰にとっても示唆に富むもので、ここで語られたことを少しでも意識すると何事も成長の仕方も違うのだろうなと思います。何も知らずに日々の出来事を過ごすことと、目的をもって何かを学ぶときは、その進捗に絶対的な違いがあるはずです。多くの人に教えを広める本ですが、実は多くのエンジニアにとっての警鐘だったのかもしれません。いずれにしても理解するとはインプットだけではないことは事実です。実践と反復のアウトプットを繰り返すことで、自分の中にルールを作り、別の事例で検証し腹落ちするということ。ロジカルシンキングでも重要な帰納法と演繹法を使いこなすことが知的生産性の第一歩なのだと思いました。
外食の「明るい未来」にむけた
トレタの新たな取り組み
株式会社トレタ 取締役吉田 健吾 氏
こちらはおランチセッションです。お弁当も無料で配られ得した気分でした。トレタからは当初CEOの坂井氏がサービスの仕組みの話をされるということでしたが、急遽体調不良により吉田氏に変更されました。同時にテーマも事業紹介になってしまいましたが、これはこれで大変学びのあるセミナーでしたので、私としては結果オーライです。
―トレタは60億を調達する店舗予約管理サービス
トレタは飲食店向けの来店予約、座席管理のクラウドサービスだそうです。特徴は来店者の来店時間や座席、食べた料理なども管理できるため、リピート時に例えば前回気に入っていたメニューやお酒などを店員がお勧めしてちょっと良い気分になってもらえること。つまり予約管理を使ったCRMサービスです。既に60億を調達され、数万店で利用されているサービスのようです。このサービスによって顧客のリピートに繋がり、あるお店では数年前の売上を2倍以上伸ばしたということでした。灯台下暗しのようですが、既にぐるなびや食べログなどで来店予約は行われています。がしかし、予約を受け取ったお店側がどのように管理しているかというと特に仕組みがあったわけではなかったようです。そこで予約後の顧客管理に目を付け、リピート管理のバリューチェーンを繋げた形になっています。下の図は紹介されたサービス内容のスライドですが、APIによるデータ連携によってこのバリューチェンの統合が見事な形で実現されています。
まず食べログなどのメディアへトレタのクラウドからメディアコネクトという機能でつなぎ、オンラインで予約情報と連携しています。そしてお店ごとのレイアウトに従って、誰が来るのか、どこに座ってもらうか、過去の来店歴は、などの情報と紐づけを行います。さらに来店時の支払情報をPOS系サービスと連携させることで、何を食べたか、単価はいくらだったかということが連携されています。ここまでを一本のデータで串刺しに繋げることで、どのメディアから来た人がどれを注文したか、その際の支払いはいくらかといったことが一目で丸見えとなる訳です。さらに個々の顧客と接した従業員がそこで会話したことなどをシステムにインプットしていけば、どんなものが好みで、次は何をリクエストしていたかなども溜め込んでいくことが出来ます。つまり従業員は変わったとしても、お店としてその顧客に対して来店履歴から適切な接客が出来るようになるということです。
―見れば見るほど面白い飲食店のリピート特性
リピート顧客に少しでもおもてなしをするとリピート率が高まる、というのは少し想像しただけでもわかります。私も何回か通うラーメン屋で顔を覚えられ、サービスしてもらえたときは小さな幸せを感じました。その時出されたサービスの価値ではなく、覚えられているということに優越感を感じていたのです。吉田氏によれば飲食店の売上が上がらないのはそのリピートに失敗しているということでした。
次に示されたスライドは、常連に至るまでの回数とリピート率でした。これによると4回目以降は殆ど次も来店しているように見えます。つまりロイヤリティを高める工夫は、最初の3回までで十分だ、ということ。この辺りも実際に一人ひとりのリピートを観察して統計データにしなければわからないことですが、トレタで取得した情報を分析することでここまでわかってきたようです。実際、外食は競争が激しいと言いますが、もはや不味くてリピートが少ないというお店は逆に少ないのではないかと思います。飲食店がリピートを獲得するためには、顧客に特別感を感じてもらうというのは全てとは言いませんが、プライドを感じやすい人であれば十分通用する方法なのだと感じました。
―配席技術で次に狙うはBtoC
続いて紹介されたのは配席技術というものです。飲食店は回転率が勝負というのは想像できますが、回転を高めるためには数人の組み合わせからなる顧客グループを、出来れば隙間なく埋めていきたいものです。ここで登場するのが配席技術というもので、たとえばシングルの顧客はテーブル席よりカウンターに通しておき、テーブル席は空けておいてグループが来た時にテーブルに通せれば回転率も高まります。このような配席にはアルゴリズムがあり、これをシステム化してみた、というものでした。なかなか面白かったのは、熟練者と競わせた時に配席できた人数はほぼ同数だったのに対し、熟練者でも時間のかかる配席を、わずか数十秒でやってのけてしまうことでした。教師データを集めてAIに学習させても出来そうですが、専用のアルゴリズムだけでもこのように人間に圧勝しています。この世界の興味深い点の1つでした。ここまでシステムでコントロール出来てしまえば、次はどの店のどの席が空くのか、ということまで予測出来てしまいそうです。実際に、現在プロトタイプとして近場の空席情報を2次会手前の近隣ユーザーに通知するというサービスを立ち上げようと準備されているそうです。
ーまとめ:社会課題解決にも繋がるのがIT
やはりITというのは情報のつなぎ方一つで、既存のバリューチェーンをひっくり返すだけの可能性があります。BtoBが中心だったビジネスを、データを集めるだけでBtoCにも転換可能、しかも中間業者が損しているわけではなく、むしろみんなの売上向上に役立つものになる可能性があるのです。そしてこのことは色々な業種において大きな可能性を秘めていると言えます。中小ビジネスのバックオフィスはほとんどシステム化はされていません。既存のやり方以外に方法はない、と諦めていた業界にとっても、ITの使い方一つで大きく変わるかもしれません。まだ見ぬバックオフィスこそ、ITにとって解決しがいのある社会課題なのかもしれないな、と感じたセミナーでした。
中国・深センのテクノロジー最新事情
街が育てるテクノロジ
dotstudio株式会社
メディア事業部 エンジニア/テクニカルライター IoTLT
ちゃんとく 氏
ハードウェア未経験のエンジニアが、体当たりで中国で学んだ
「公开イノベーション」
SBクラウド株式会社
ソリューションアーキテクト Alieaters
寺尾 英作 氏
こちらのセミナーは深センに最近視察に行かれたというちゃんとく氏、寺尾氏からのお話です。深センは中国のシリコンバレーと言われ、ITなどのメガベンチャーなどによって近年急速に栄えた臨海都市です。香港の北に位置し、日本からだと香港経由で行くパターンが多いようです。深センには秋葉原の30倍規模の電気街(電脳街)があったり、色々な面で東京も凌ぐ都市になっているとのことで、とくにちゃんとく氏は終始興奮して話され、楽しさが芯から伝わってきました。
-中国・深センに見るヒトとモノ
まずはちゃんとく氏から、深センの街の魅力について語られていました。中国に行かれた方からはもうほとんど同じことを聞きますが、WeChat Payという決済アプリがほぼ普及しており、屋台などの露天商に至ってもこのアプリを使って決済されているとのこと。中国の紙幣はボロボロで偽札が多かったり、それを検知するのにもいくつか技がいるなど、お金を管理すること自体が大変だったようです。きちんとした整備や人がいない露天商にとって信頼できる手段が、このアプリということですね。アプリのお金はWeChat自体が保証してくれますし、アプリで決済された金額は嘘はつきません。自分がスマホ+アプリを持っていれば直ぐに使えますので、どんなところでも普及するのは当然と言えば当然です。因みにWeChatとはテンセント社のチャットアプリで、LINEのようなものです。これに決済機能やショッピングや色々な機能が付いており、中国を代表するアプリとなっています。中国旅行や出張の際は、このアプリは必須のものとなっているようです。
他には海岸城(コスタルシティ)という場所では世界中のファッション、グルメ、ブランドなどなんでもあるそうです。また夜の電飾が綺麗だそうでLineカフェもあるなど、ちゃんとく氏もめちゃめちゃ住みたくなった街になったということでした。笑。1つ文化的な側面を感じるものとして、現地ではシェアサイクルよりもミニモーターサイクルやセグウェイなどが普通に走っているそうですが、結構なスピードで歩道を走るため、後日歩道乗り入れ禁止になったなど、法的整備が後追いになっているようでした。電脳街では店員が顧客を見つけてはパフォーマンスを仕掛けてくるような売り方をしてくるそうで、総じて商売上手・好きな人が多いのが特徴と締めくくられていました。
ー深センのイノベーション
続いて寺尾氏から、現地で感じたイノベーションについてのお話がありました。中国のインターネット人口は8億人を突破したそうですが、普及率では53%。まだまだ成長余地はあるとのことでした。寺尾氏は地下アイドルオタだったそうで、その関係で以前より中国に行くようになったようです。現地では名刺よりもWeChatでお互いに交換するようで、同じくWeChatがビジネスの中にも一般的に浸透している印象を受けました。深センは香港の真上に位置し政府の干渉も少ないということで、Huawei、DJI、テンセントなど、世界に名だたる企業の本社も多くかまえているということです。そんななか、寺尾氏が現地に訪問して直接感じられたイノベーションとしては無人コンビニがあったそうです。Amazon Goで一躍注目されることになった無人コンビニですが、アマゾンの場合は画像解析によって品物の取り出し等を把握するしています。深センの無人コンビニはいくつか存在しており、全てRFIDで実現しているとのこと。中でもベルトコンベア方式のものもあり、奥に簡易的な調理ロボがいて焼きそばなどもその場で作られていたとのことです。因みに再入店繰り返しても2回目以降は課金されなかったということで、品質面でも独自の技術進化が行われているようです。
ーまとめ:今からでも十分深セン通になれる
今回はエンジニアの視点でのセミナーとして、街やイノベーションの点からご紹介がりましたが、深センは中国のシリコンバレーと言われるくらい、IT関連のスタートアップやハイテク企業が沢山います。そのため移住者や若者が多く、彼らが働きやすい、住みやすい環境が作られているというのが特徴なのだと思います。何度か出てきたWeChatというアプリも、1993年に深圳大学の卒業生が始めたもので、中国最大のインターネットサービス企業となっています。中国はもともと先進国のコピー品を自国に展開するようなものが多かったですが、文明レベルの異なる国間ではそれがタイムマシーンの原理で有効に機能していたわけです。それによって莫大な資金を集めた中国は、今度は先端テクノロジーで世界を取っていこうとしています。そのようなIT集積地は米国やインドでもありますが、日本から地理的に近く、時差も1時間と気にならないくらいで利便性は高いでしょう。物価も香港よりも安く、人件費もまだ抑えられることから日本企業にとっても価値の高いエリアと言えます。なによりまだまだ成長途上にあるということで、今から情報をキャッチアップしていっても遅いということはありません。イノベーションに何も手を付けていない、焦っている、という会社の方がいれば、事業展開の1つに考えてみてはいかがでしょうか。
今からでも遅くない!?Azureで学ぶ実用BlockChain
日本マイクロソフト株式会社
クラウド&ソリューション事業本部
テクノロジ-ソリュ-ションプロフェッショナル
廣瀬 一海 氏 (通称デプロイ王子)
さてこのレポート最後のセミナーとなります。マイクロソフト廣瀬さんからはAzureのBlockchainプラットフォームのご紹介です。廣瀬さんは通称デプロイ王子と呼ばれているそうで、キャラ的にもとても印象的でした。マスコット的な方がいる世界は楽しそうで良いですね。
ーブロックチェーンとは
ご存知の方には聞き飽きたかもしれませんが、まずはおさらいからです。ブロックチェーンとは、暗号化された分散台帳と例えられ、この技術の登場はインターネット以来の革命とも言われています。何が凄いかというと、インターネットでは例えばウイルスなどにより通信中の情報が書き換えられるなどした結果、不正な振込みなどの被害が発生しています。ブロックチェーンを使うとこのような情報の改ざんが不可能とされていることから、アタックに強く、そのためビットコインなどの仮想通貨で流行ってきた技術です。ビットコインについてはブロックチェーン技術やFintechなどへの期待から資産価値がバブルを引き起こしていました。しかしながらある事業者のセキュリティホールから不正アクセスを許してしまい、資金が流出するという事件が生じ、そこから価格も下落し近年は下火の感がありました。しかしながらその事業者の口座の管理方法が問題だったのであって、ブロックチェーン技術そのものが破られたわけではありません。このことから現在は仮想通貨に留まらず、広く応用可能であることが様々な検証によって示されています。仮想通貨としてのブロックチェーンはビットコイン型と呼ばれていますが、様々な用途に利用できるブロックチェーンはスマートコントラクトと呼ばれています。廣瀬さんからはスマートコントラクトの用途として以下のようなものが考えられているということでした。
・スマートコントラクトで実現できること
具体例として考えられるのは不動産や法人の登記、届出、電子投票、医療記録、診療録などがあるそうです。たとえば病院のカルテは個人情報という側面と医師の著作権という側面が存在するため、患者であっても自由に持ち帰ることは出来ないそうです。これに対してカルテを「見る」だけであればブロックチェーン技術により安全に開示することが出来る、というわけです。スマートコントラクトにはパブリック、プライベート、コンソーシアムという形態があり、それぞれ情報の共有範囲が異なっています。SNSで例えるならパブリックはWebに公開するようなもの、プライベートは友達限定、コンソーシアムはグループなどのコミュニティ内限定、といったところでしょうか。前述のカルテはプライベートにすれば主自医とのみ共有できる形態と言えます。因みに企業が利用する上ではコンソーシアムが中心ということでした。これはプライベート型であれば現状のインターネット、Webシステムでも同じことが実現できるため、わざわざブロックチェーンを使わなくても良いのでは、ということが理由のようです。
このほか実現可能なものとしては、販売物のトレーサビリティ管理があるそうです。製造工場からコンビニ店頭までの経路や時間、どのような温度で運ばれてきたかなどがIoTデバイスを組み合わせることによってわかるようになります。これらは情報を追記していくブロックチェーンの性質を活かした得意分野とのことでした。
・信頼性を担保するコンセンサスアルゴリズム
コンセンサスというのは合意という意味で、ブロックチェーンはこのコンセンサスという行為によって情報の信頼性を担保しています。前述のとおり、ブロックチェーンは改ざん(書き換え)に強い技術でした。これは情報を連続的に追記するということと、追記するたびにコンセンサスを行うことで改ざんしにくい状態で保存されている訳です。例えるならカーボン用紙を使って書いた契約書に全て押印して色んな人に配っておく。こうすることで正しい状態を何人もの人が知っているため、改ざんしようとすると全ての紙を書き換えなければなりません。さらにどんどん追記がなされていくためさらに改ざんは困難になる、という状態に例えて表現されていました。因みにこの状態では情報を追記すること自体大変そうですが、ITのためにコピーがどこにあろうが瞬時に追記は可能なのです。
上記の契約書の例では印鑑ということがコンセンサス(合意)でした。ブロックチェーンは電子記録ですので、電子的な方法でコンセンサスが行われます。ビットコインの場合はProof of Workという方法で、不特定多数の人がマイニングというコイン発掘活動を行う過程で、コンセンサスが行われます。これは合意する側にコインが入るというインセンティブが働くために成り立ちますが、ビットコイン以外ではプルーフオブオーソリティ(イーサリアムで採用)、Fabric(R3Cで採用)などがあり、コンソーシアムごとにコンセンサスアルゴリズムが存在しています。
ーMicrosoftのブロックチェーンへの取組み
つづいてマイクロソフトの取組みについてのお話しです。セミナーテーマにもありますが、Azureというマイクロソフトのクラウドプラットフォームの上でブロックチェーンプラットフォームを稼働させています。そしてその環境を使って簡単なデモを実施頂きました。
・Azure BlockChain WorkBench
ブロックチェーンはソフトウェアとして動くプログラムですので、それを動かす基盤(プラットフォーム)やインターネットが必要になってきます。Arureについてはマイクロソフト社のクラウドプラットフォームで、簡単に登録するだけで誰でも利用を開始できます。マイクロソフト社は既に世界54の地域にプラットフォーム拠点を持っており、Azureのプラットフォームが既に存在しています。ブロックチェーンを世界的に展開する上では、そのAzureを採用したというわけです。提供形態はコンソーシアム型で、コンセンサスはイーサリアム(Proof of Authentication)というものを使っているそうです。
・ブロックチェーンのデモ
この環境は既にクラウド上で稼動しており、WorkBenchからブロックチェーンアプリケーションを立ち上げる場合のデモが行われました。WorkBnechというのは統合開発ツールのことで、Azure上にあるこれを操作することでブロックチェーンのアプリケーションを操作することが出来ます。因みにアプリケーションを稼働状態にすることをデプロイと呼びますが、WorkBenchもAzureにデプロイが必要、アプリケーションもデプロイが必要ということで、廣瀬さんがデプロイ王子と呼ばれる所以も何となくわかる気がします(笑)。デモ環境の構成が記載されたスライドを下図に示しました。東西のセンターにコンセンサス用のコンピュータを配置しており、ここで権限管理が行われています。東西にあるのは障害時に切り替えが出来るようにするため、同じような環境が並んで配置されています。BlockChain WorkBenchでのアプリケーション開発の進め方は、ローカルでアプリの元となるファイルを作成し、デプロイ先のノードにアップロードを繰り返して行うとのことでした。本格的なアプリではなく、画面上から設定項目を指定していき、jsonというAPIで使われる形態の電文を画面に表示する参照アプリをデプロイされていました。ここまでは本当に簡単に実現できますので、Azureのアカウントを持っていれば確かにスマートコントラクトが誰でも利用できる状態と言えます。
-まとめ:可能性の広がるブロックチェーンの前途
セミナーでのデモアプリ自体は簡単なものでしたが、プラットフォームを使えば誰でも簡単にブロックチェーンアプリが作れることがなんとなくわかりました。公開されるアプリはスマホからも簡単に接続できるため、世界中どこにいても同じコンソーシアムのアプリにアクセスできるということです。廣瀬さんの説明からブロックチェーンを使うことの意味を改めて考えてみると、国際難民など、政府の保証もなくなった方にとっては消えない記録が残ることで本人だという保証が出来るようになります。ブロックチェーンネットワークに入っているだけで身元保証される状態です。そのほか製造や旅程などのトレーサビリティ用途も現在進行形で増えているとのことでした。データの保管と通信時のセキュリティがブロックチェーンの目的でしたが、追記型で情報を記録するため、順序性があるものには親和性があるのだと思います。生まれてからこれまでの記録、キャリアサマリー、ログ、入出国履歴なども考えられるでしょう。もちろん最初に例示されていた、契約書として保管する、登記、届出などにも応用が可能です。しかしながら火の無いところに煙は立たず。どのようなことにこの技術を活用するべきか、世の中の課題に活用できないか、それを考えるのは私たちの使命と言えるでしょう。
おまけ:最も使われている言語は?
セミナーの合間にリクルートキャリアさんが以下のようなアンケートを実施していました。「あなたが普段使っているプログラミング言語は?」私はもっぱらJavaとJavascriptでしたが、世の中的にはさらにC#、PHP、Ruby、Pythonが使われているようでした。スマホのネイティブ系言語は思いのほか数が少なかったです。サーバサイドはどこにいても不可欠ということのようです。
終わりに
いかがでしたでしょうか。セミナー全般を通してみても、思ったよりも技術知識はなくても楽しめるモノです。また登壇されたエンジニアの方々は本当に楽しそうに仕事をしているな、と感じました。そのような笑顔を見ると、日ごろ業績目標や売上・利益管理のようなことをエンジニアにさせてはダメだな、とつくづく思ってしまいました。まさに「SHARE YOUR FUN!」が体現できたと言えます。私が理想とするのも「エンジニアこそ、これからの日本の活力の源となる世の中へ」。この先も彼らのためにも精進したいと思います!